ムコ多糖症の診断の実際

熊本大学大学院 生命科学研究部 小児科学講座 教授

中村 公俊 先生

ムコ多糖症の診断の実際

ムコ多糖症のような乳幼児期に発症する先天性の希少疾患は、その頻度が少ないことや症状の多様さから、確定診断に至るまでの期間が長いことが知られており(Diagnostic Odyssey)、早期診断の重要性が指摘されています。今回ドクターズコラムは、「ムコ多糖症の早期診断のポイント」を中心に熊本大学大学院 小児科学講座 教授の中村先生に伺いました(2022年5月取材)。

ムコ多糖症診療の現状

ムコ多糖症は蓄積するムコ多糖の種類や臨床症状から7タイプに分類され、それぞれの病型によってさまざまな症状がみられ、その出現時期も異なります。
ムコ多糖症と診断されるまでには、言葉の遅れや多動などの行動異常から発達障害として小児科に通院していたり、骨・関節症状によって療育を受けているケースなどもあります。言葉の遅れや発達の遅れは他の疾患でもみられることから、それだけでムコ多糖症を疑うことには繋がりませんが、ある特徴的な他の症状が加わることで、初めて“ムコ多糖症かもしれない”となります。
当院を紹介された患者さんの場合、来院時にはすでに特徴的な症状がある程度明らかになっているのでムコ多糖症と分かりますが、紹介元の先生方は「何か違うな」と感じていても、ある程度該当する症状が揃わないと、なかなか専門医に紹介できないのがムコ多糖症診療の現状といえます。

特徴的な症状を見逃さないことが重要です

言葉の遅れや特徴的な顔貌、骨・関節症状など、ムコ多糖症はいくつかの特徴的な症状が揃って初めて診断に繋がる疾患ですが、診断が遅れることによって症状が進行してしまいます。通常病院でできるような検査でムコ多糖症を診断することができないこともあり、より早い段階で発見するには、少しでも疑われる症状がみられた時点で、ムコ多糖症を疑わねばならないところに診断の難しさがあります。

特徴的な顔貌

普通と変わらない赤ちゃんが4~5歳頃には特徴的な顔つきになっていくような緩徐な変化のため、一緒に暮らしているご両親は気づきにくいと思います。むしろ、初めて診察した医師が“顔つきが他の子と違う”ということに気づくことがあります。骨・関節の症状は特徴的な顔貌よりも後に現れることが多いので、“歩きにくさ”や“手の上がりにくさ”などが現れてくる頃には、特徴的な顔貌がある程度確認できます。
骨・関節の異常と特徴的な顔貌が揃うとムコ多糖症を比較的疑いやすくなり、言葉の遅れにプラスして特徴的な顔貌やX線撮影でオール状肋骨などの骨の異常が見つかってくるとムコ多糖症の診断にさらに近づきます。

特徴的な顔貌とは

言葉で顔をどう説明するかは非常に難しいことです。特徴的な顔貌については、“ムクムクした”という言葉で表現されます。ムコ多糖症の診療経験がないとなかなかイメージできませんが、一度でも診療されたことがあれば、ムコ多糖症患者さんの顔をみた後に“ムクムク”という言葉を聞くと、確かにそういう表現だと思うようです。

鼠径ヘルニア

ムコ多糖症は、左右の鼠径ヘルニアで手術を受けている子に比較的多くみられます。片方の鼠径ヘルニアはたまにみられますが、左右ともというのは珍しく、1歳までに左右の鼠径ヘルニアの手術を受けている場合は、ムコ多糖症を疑ってみる必要があります。

広範な蒙古斑

広範な蒙古斑もよくみられる症状ですが、実際に患者さんを診ていると、はっきり目立つ子もいれば全然目立たない子もいて、それだけで診断に直結する症状ではありません。蒙古斑が広範囲にみられる子で、ムコ多糖症ではないかと疑ったときには、“鼠径ヘルニアはどうだったのか”など、他の特徴的な症状にも留意して診察することが重要です。

尿中のムコ多糖分析が確定診断への第一歩です

ムコ多糖症が疑われて受診されたとき、尿中のムコ多糖分析をするのが確定診断への第一歩です。尿中ムコ多糖分析検査は、分解されずに体内に蓄積されたムコ多糖が尿中に排泄されることから、尿中にムコ多糖の構成成分であるウロン酸や、どの種類のムコ多糖が多量に排泄されているかなどを調べる検査です。多量に排泄されているムコ多糖の種類から、ムコ多糖症の病型を推測できます。ムコ多糖症Ⅱ型では、ウロン酸の排泄増加、ムコ多糖のうちデルマタン硫酸及びヘパラン硫酸の排泄増加がみられます。病型の推測ができたところで酵素活性を測定します。酵素活性は、血液または皮膚組織を少し採取して、ムコ多糖を分解する酵素の働きの程度を調べることで、どの病型のムコ多糖症かを確定診断します。遺伝子解析は、酵素活性で確定診断することができない場合などに必要に応じて行われますが、治療法の選択や予後を考える上では、病型と同時に遺伝子のタイプが非常に重要な情報になります。症状がみられるのにムコ多糖分析で異常がなければ、多くの場合、別の疾患の可能性を考える必要があります。

早期発⾒のための試み — 拡大新⽣児スクリーニングとは

さまざまな臨床症状が進んでいく中で、例えば心臓の弁の異常や中枢神経症状などへの治療効果は、治療を開始するタイミングによっては十分に得られないことがあります。症状が揃ってから紹介されて治療を始めたのでは、タイミングとして遅い患者さんも少なくなく、ムコ多糖症は生後早い段階で診断することが重要な疾患といえます。
熊本県では、“拡大新生児スクリーニング”として、すでに存在する新生児マススクリーニング検査のシステムに、ムコ多糖症を組み込んだ検査を実施しています(図1)。そこで得られた検査結果に基づいて早期に診断して治療を開始することが、現状の仕組みの中ではよい方法だと考えています。
生後すぐに採血したろ紙血を用いてムコ多糖症のⅠ型及びⅡ型の酵素活性を測定し、酵素活性が低い場合には外来に来ていただきます。そして尿中ムコ多糖分析を行い、異常があればムコ多糖症と確定診断して治療を開始します。その結果、Diagnostic Odysseyを防ぐことが期待できます。

診断後の家族への説明と指導のポイント

ムコ多糖症Ⅱ型に関してはX連鎖性遺伝形式をとる遺伝性疾患のため、母親が保因者である可能性があります。そのため、家族歴を聴取することも重要です。また、母親が保因者の場合、自分が子どもに病気を伝えてしまったという罪悪感を持たれていることがあるので、その点については注意しながら説明するようにしています。
例えば、「そういった遺伝子の変異は皆が6~7つくらい持っており、私たちも親からそういったものを受け継いでいますし、自分たちも子どもたちにそういったものを伝えており、普通に起きていることです」といった話をするようにしています。
ムコ多糖症は一度の治療で全て良くなる疾患ではなく、治療を続けていかなくてはなりません。治療効果は治療開始の時期や重症度によって個人差があります。ただ、現在の治療が一生続くということはおそらくなく、5年、10年と経過すると新しいより良い治療法が出てくる可能性が考えられることなどもお話もするようにしています。また、骨や関節症状がみられる場合には、その程度にもよりますが、リハビリなどのサポートを受けると暮らしやすくなるなど、医療的サポートや社会福祉的サポートについても提案するようにしています。

取材ご協力

中村 公俊 先生

熊本大学大学院 生命科学研究部 小児科学講座 教授

1990年 3月 熊本大学 医学部 医学科卒業
1991年10月 熊本市立熊本市民病院 新生児科 研修医
1996年 9月 カナダ、アルバータ大学 医学部 生化学教室 博士研究員
2001年 5月 熊本大学医学部附属病院 助手(小児科)
2009年 3月 熊本大学医学部附属病院 講師(小児科)
2014年 4月 熊本大学大学院 生命科学研究部 小児科学分野 准教授
2017年 9月 熊本大学大学院 生命科学研究部 小児科学講座 教授, 現在に至る
(2022年10月現在)