ムコ多糖症の治療の実際

大阪公立大学大学院 医学研究科 発達小児医学 教授

濱﨑 考史 先生

ムコ多糖症の治療の実際

ムコ多糖症は酵素補充療法や造血幹細胞移植により治療可能な疾患ですが、何よりも特徴的な症状を見逃さず、早期の診断と治療開始が望まれます。今回のドクターズコラムは、「ムコ多糖症の治療の実際」について大阪公立大学大学院 発達小児医学 教授 濱﨑先生に伺いました(2022年5月取材)。

ムコ多糖症治療、これまでの歩み

わが国で最初にムコ多糖症の治療として行われたのが、骨髄あるいは臍帯血を用いた造血幹細胞移植です。当院では、(故)田中あけみ先生がムコ多糖症を含めたライソゾーム病の診療に関わっておられて、移植治療を積極的に行っていました。
同じころ、欧米を中心に酵素補充療法が開発され、ムコ多糖症に対する臨床試験が行われるようになり、当院のムコ多糖症Ⅱ型の患者さんのなかにも、アメリカへ渡って治験に参加する方がおられました。
わが国でも2006年にムコ多糖症Ⅰ型に対する酵素補充療法が、2007年にムコ多糖症Ⅱ型に対する酵素補充療法が承認されました。当初は期待感の大きさから積極的に使用され、治療成果も上がりましたが、患者さんが一番困っている中枢神経症状に対する効果が期待できないのではないかということが徐々に分かってきました。
中枢神経になんとか酵素を届けられないかということで、酵素製剤を脳室内に直接投与するという試みが国立成育医療研究センターの奥山虎之先生を中心に進められ、2021年に承認されました。また、血液脳関門を通過できるように修飾を加えた酵素製剤を静脈内投与するという治験法も開発され同時期に承認されました。

受診するきっかけとなる特徴的な症状とは

当院を受診するムコ多糖症患者さんの多くは紹介で来られます。小児科からの紹介が一番多いのですが、それ以外にもリハビリを行っている療育施設や耳鼻科などからの紹介もあります。特徴的な顔貌、発達の遅れ、骨や関節の変形など、ムコ多糖症の症状は多彩です。耳鼻科領域では繰り返す中耳炎が特徴的な症状の一つです。ムコ多糖症の身体症状を経験したことのある医師が、他のお子さんと“ちょっと違う”と感じて診断につながったのだと思います。
以前、患者家族会で行ったアンケートの結果では、医療機関を受診するきっかけは「“言葉の遅れ”が一番気になっていた」ということでした。通常、赤ちゃんの場合1歳くらいから言葉が増えてきて、2歳くらいになったら二語文といって「あっち、イヤ」とか「これ、ちょうだい」と単語が二つになってきます。それができなくて直ぐに医療機関を探す方もいますが、どこの病院を受診しても「もう少し様子を見ましょう」となり、だいたい3歳くらいまでに“ちょっとおかしい”ということで大学病院等に紹介されるパターンが多いと思います。

確定診断、そして治療方針を決定します

ムコ多糖症を疑えば全身の骨の単純X線検査、尿中ウロン酸分析にて蓄積物質を特定します。さらに、病型別で欠損する酵素の活性を測定して確定診断します。できるだけ早く診断して、直ぐに治療を開始できるように心がけていますが、患者さんによって症状の程度や進行のスピードが異なります。現時点での症状の程度、今後どのように進行する可能性が高いかなどを理解していただき、治療方針を決定しています。
治療法については、有効性だけでなく、副作用や治療を受けることによる患者さん自身の負担も説明します。
例えば酵素補充療法の場合、毎週点滴に通わなければいけないこと、薬剤によっては脳外科の手術を受けて投与するためのデバイスを埋め込む必要があること、造血幹細胞移植であれば移植片対宿主病(GVHD)などの重篤な副作用が起こる可能性があるという説明もしなければなりません。

酵素補充療法は早期に開始することが重要です

酵素補充療法は、遺伝子組換え技術によって合成された酵素製剤を、点滴静注などにより体外から補充する治療法です。
酵素補充療法は安全性が高く、有効性についても十分なエビデンスが蓄積されてきており、海外のレジストリー研究では生存期間、生命予後が10年程度延びたと報告されている薬剤もあります。酵素補充療法開始のタイミングは、可能な限り早期に開始することが重要です。乳幼児期から酵素補充療法を開始できる患者さんの場合、症状が出現してから治療を開始する患者さんに比べて、顔貌の変化や関節症状などの症状の進行を抑制することができる可能性があります。酵素補充療法の開始早々(6ヵ月~1年以内)に粘膜や皮膚の肥厚が軽減します。皮膚が柔らかく感じられるなどの効果は、酵素補充療法の治療開始早々にみられます。
その結果、関節の周囲の結合組織も柔らかくなり、可動域の改善がみられます。特徴的な顔貌の改善とともに巨舌も目立たなくなります。また、酵素補充療法により、肝腫大が急速に改善するなど、血流が豊富な臓器には高い効果を示すことが知られています。
ただし、中枢神経症状には効果が期待できません。これは、血液脳関門の存在により、高分子である酵素が血管から脳実質内に移行できないためです。
近年、脳室内投与の酵素製剤や血液脳関門を通過することのできる技術を用いた酵素製剤の登場により、ムコ多糖症Ⅱ型の中枢神経症状に対してより有効な治療が選択できるようになりました。いずれも、メカニズムとして中枢神経症状の改善が確認され、早期に投与することでより良好な効果が期待されています。

酵素製剤の脳室内投与

脳室内投与では、薬剤を注入するためのデバイスを設置するために全身麻酔で手術をする必要があります。また脳内に直接薬剤を注入するということでご家族にとっては抵抗感もあるとは思いますが、既存の酵素補充療法では脳内には薬剤が届かないことを脳外科の先生に十分説明してもらうことで、納得していただいています。

造血幹細胞移植の安全性も高まってきました

造血幹細胞移植(骨髄移植、臍帯血移植)は、酵素補充療法が開発される以前から、主に重症型のムコ多糖症に対して、適切な移植ドナーが見つかった場合に行われてきました。近年の医療技術の進歩とともに移植治療の安全性が高まっており、生着すれば通院回数を減らすことができるなど、患者さんにとってメリットも大きいと思います。今後、中枢神経症状に効果が期待できる酵素製剤に何らかの限界が生じた場合、患者さんにとって移植治療のメリットが見直される可能性もあります。

合併症に対しては、他科と連携した治療が行われます

最も気をつける必要があるのが整形外科的な合併症です。頚髄部分は生理的に隙間が狭いため、頚椎症として神経症状を呈する危険性が高いため、整形外科と連携して診察や定期的な画像検査を行っています。滲出性中耳炎が重症化した場合には、鼓膜チューブ留置術が必要となる頻度も高いことから、耳鼻科と連携して治療しています。弁膜症は成人では手術(弁置換術)が必要になるケースもあります。幸いにも小児期では手術が必要な方は少ないのですが、弁膜症の定期的なチェックは必要です。こうした合併症に対する定期的な検査のスケジュールを、日常生活に上手に組み込むことも大切です。

日常生活における留意事項

患者さんの多くは頚椎の動きに制限があり、無理に首を後ろに動かしたりすると神経を痛めるため、日常生活では“でんぐり返し”など首に負荷のかかる動作は注意が必要です。また、中枢神経症状の進行例では水頭症を発症することがあるので、急に知的レベルや意識レベルの低下がみられた場合には速やかに連絡するように伝えています。さらに、手首にムコ多糖が蓄積して神経を圧迫することにより手の痺れや、母指球の萎縮を生じる手根管症候群によるQOLの低下、弁膜症による階段を上る際の息苦しさなど、病状の進行に伴ってさまざまな症状が現れてくることから、これら予想される合併症の症状を詳細に伝えて注意を促すことも大切です。

取材ご協力

濱﨑 考史 先生

大阪公立大学大学院 医学研究科 発達小児医学 教授

1996年 3月 大阪市立大学 医学部卒業
1998年 5月 大阪府立母子保健総合医療センター 小児内科
2003年 4月 フロリダ大学 医学部 病理学教室 助手
2010年12月 フロリダ大学 医学部 病理学教室 講師
2017年 4月 大阪市立大学大学院 発達小児医学 准教授
2018年 4月 大阪市立大学大学院 発達小児医学 教授
2022年 4月 大阪公立大学大学院 発達小児医学 教授, 現在に至る
(2022年10月現在)