ムコ多糖症に対する造血細胞移植の有効性と安全性
国内において先天代謝異常症に対する治療は、原則的に酵素補充療法があるものについては、造血細胞移植は選択的治療の位置づけとされています。一方で、造血細胞移植が標準治療となる疾患(副腎白質ジストロフィー、ムコ多糖症Ⅰ型)もあることや、造血細胞移植が酵素補充療法よりも患者ADL維持、向上に寄与するという報告が出てきています1)。(2023年5月取材)
先天代謝異常症に対する造血細胞移植総論
先天代謝異常症のうち欠損酵素が造血系細胞によっても産生されるようなライソゾーム病と、ペルオキシソーム病の一種である副腎白質ジストロフィーなどが造血細胞移植の対象となります。酵素補充療法が存在し、中枢神経系に異常をきたさない疾患では酵素補充療法が優先されます。酵素補充療法が未開発の疾患や酵素に対する抗体が産生されて効果が認められなくなった症例、遺伝子変異の型から抗体産生が高リスクの症例などが造血細胞移植の適応となります。
日本造血細胞移植ガイドライン2)における、先天代謝異常症に対する造血細胞移植と酵素補充療法を比較した表によりますと、造血細胞移植には移植片対宿主病(GVHD)、感染症、臓器障害など治療関連合併症による死亡のリスクはありますが、生着後は頻回の通院が不要になること、中枢神経症状に一定の効果がみられていることなどはメリットと考えられます。一方で、酵素補充療法には毎週の点滴治療、生涯にわたる通院治療が必要となります。患者さんの利便性や生命予後改善の観点から、造血細胞移植は先天代謝異常症に対して適応があると考えられます。
ムコ多糖症における造血細胞移植の適応
日本ではムコ多糖症Ⅱ型への移植症例数が多く、病初期では効果があるとされています3)。またムコ多糖症Ⅰ型においては海外でも移植症例数が多く、こちらも病初期で効果が認められます。ムコ多糖症に対する造血細胞移植の効果として改善が期待できるものとしては、生存率、身長、呼吸器症状、弁膜症状、関節症状、肝脾腫、難聴、水頭症などがあげられます。一方で、改善が期待できない症状として角膜混濁、骨変形があります。
ムコ多糖症と診断された際には、まずは酵素補充療法(重症型には中枢神経症状への改善効果が期待できる薬剤)を開始し、IQが70以上で、かつ2歳までに造血細胞移植を実施し、その後脳室内酵素補充療法の単剤投与を実施することが望ましいと考えます。ただし、家族歴がある、あるいはマススクリーニングで発見された場合以外では、前述の基準を満たす症例は少ないため、3~5歳までであれば許容されると考えます。治療選択においては主治医の意見のみならず、是非とも一度造血細胞移植専門医の意見も聞いていただけたらと思います。
造血細胞移植の安全性
国内で造血細胞移植を受けた先天代謝異常症216例における10年生存率は75%であったと報告されています3)。近年は移植合併症を軽減する目的で強度減弱前処置も用いられるようになり生存率は向上しています。一方で、生着不全が一定数発生するため注意深い観察が必要です。
他科や紹介元施設との連携について
造血細胞移植が成功しても、後に二次性生着不全を発症したり、混合キメラとなる場合があります。GVHDなどの移植関連合併症が長引くこともあります。多くの移植施設においては移植後の長期フォローアップ外来を開設し、生涯にわたってフォローしております。現病の改善度を定期的に評価するため、紹介元施設と連携し血中酵素活性や尿中代謝産物、臨床症状(関節可動域、眼科的検査、聴力検査、知能検査)や画像検査(頭部MRI、胸部CT、心電図、心エコー)などを実施していくことが重要です。
患者さんの困っていること・悩んでいることについて
既にお伝えした通り、主治医の意見だけでなく、是非とも一度造血細胞移植専門医の意見も聞いていただけたらと思います。最新の造血細胞移植の有効性と安全性に関してご紹介し、少しでも患者さんの不安を取り除くよう努めて参りたいと考えています。
1) K Tomita, et al. Mol Genet Metab Rep. 2021; 29: 100816
2) 日本造血細胞移植学会.造血細胞移植ガイドライン 先天代謝異常症(第2版)
3) S Kato, et al. Pediatr Transplant. 2016; 20(2): 203-214
取材ご協力
濱 麻人 先生
1996年 4月 名古屋第一赤十字病院 臨床研修医
1998年 4月 国民健康保険東栄病院 内科
2002年 4月 名古屋大学医学部附属病院 小児科研究生
2004年 4月 国民健康保険東栄病院付属下川診療所 所長
2005年 4月 名古屋大学医学部附属病院 小児科 医員
2009年 8月 名古屋大学医学部附属病院 小児科 助教
2015年 10月 名古屋大学医学部附属病院 小児科 講師
2018年 1月 名古屋大学大学院医学系研究科 総合医学専攻 准教授
2018年 4月 名古屋第一赤十字病院 小児医療センター 血液腫瘍科 部長,現在に至る
(2023年6月現在)